『庭園のレイディたち』 第1話 春先の三十路レイディ 有川ひろ

三月といえばひな祭り。という少女の時代を越えて、こちとらアラサーなのであった。具体的には三十路のゴールまであと三年。足で稼ぐ営業職はまあまあ性に合っている。

ひな祭りといえば彼女の実家においては因縁の七段飾りである。初孫だった彼女にとち狂った父方の祖父母が2LDKの賃貸に送って寄越した。

当時は実家に帰らせていただきますレベルの修羅場だったらしい。さもありなん、七段飾りといえば飾れば六畳の部屋を半分は占拠するし、しまっておくにも押し入れの下段を半分占拠する。広い田舎に住んでいる祖父母は面積の感覚がバグっているのであった。

贈られた初孫のほうはといえば、おひな様よりも七段の土台の裏側に秘密基地を作るほうが好きだったので祖父母も甲斐がなかったことだろう。

七歳の頃だったか、事故は起こった。土台の裏は子供でも屈まないと出入りできない狭さだったが、おやつと呼ばれてうっかり勢いよく立ったのである。壮麗な七段飾りは見るも無惨になだれを起こして大崩壊。駆けつけた母は惨状を見るなり「でかした!」と叫んだ。娘の怪我の有無だけ確かめるとカメラを持ってきて倒壊現場を激写。祖父母に証拠写真付きで「ごめんなさい、娘が壊してしまって」と詫び状を送り、意気揚々と因縁の七段飾りを処分せしめたのであった。

このとき人形供養をしなかったから祟りで彼女に良縁がないのではと母は今ごろ気にしている。後釜には住まいに見合った親王飾りを迎えたのだが、「小さいからパワー不足だったのかも」とくよくよ。大きなお世話だ。

心配せずとも縁遠いのはひな人形の祟りではなく、子供の頃から従姉の影響で大好きな宝塚のせいだ。たまに出会いがあっても容姿端麗な男役と比べると「ま、いいか」となってしまう。

そんな折り、ご贔屓の男役スターの逸話を聞いた。ファンからの悩み相談で、男役が素敵すぎて現実の男に興味が湧かないという相談。スターは「あかん! それはあかんで! それはそれ、これはこれってことにしとかんと!」とお答えになったらしい。率直が過ぎる庶民派スターであった。そんなあなたが好き好き大好き。

母よ、愛するスターが仰るのでそれはそれ、これはこれの精神で出会いを大事にしてみようと思います。折良く合コン的なものに誘われたので春物など買いにこちら西宮ガーデンズに来ております。ちょうど観劇用のワンピースがほしいと思っていたところだし渡りに船。観劇に理解のある男性とのご縁を希望します。

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エントランスに季節の花が飾られている。桃に菜の花、ネコヤナギ。ぶっ壊れた七段飾りにでかしたと叫んだ母だが、毎年の節句には桃の花を飾ってちらし寿司を作ってくれた。一人暮らしの部屋から遠くないことだし、久しぶりに桃の花など買って実家に立ち寄ってみるか。合コン用のワンピースを買ったと言ったらその気になったかと少しは安心するだろう。まあメインは観劇用なんですけどね、そこは言わぬが花でしょう。

PROFILE

有川 ひろ

高知県生まれ。2004 年、『 塩の街 』で電撃小説大賞 大賞 を受賞しデビュー。「図書館戦争」「三匹のおっさん」シリーズをはじめ、『 阪急電車 』『 植物図鑑 』『 空飛ぶ広報室 』『 明日の子供たち 』『 旅猫リポート 』『 みとりねこ 』、エッセイ『 倒れるときは前のめり 』など著書多数。

前 康輔(まえ こうすけ)

1979年広島市出身。
写真家。高校時代から写真を撮り始める。雑誌、写真集、広告などで、ポートレイトや旅の撮影などを行うほか、個展も定期的に開催。最新作は写真集『 New 過去 』。

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