『庭園のレイディたち』 第4話 年明けふたたび三十路レイディ 有川ひろ

一月といえば正月。門松は冥土の旅の一里塚、こちとら三十里まで残り二里となりましたが立派な三十路を目指します。先に三十里の塚を越えた先輩は三十過ぎたら一気に来るよと脅し、四十里を越えた従姉は本番は四十越えとぼやき、五十里を突破して六十里へ闊歩する母は五十路こそが真のけもの道と高笑うので、いちいち怯えるのがばかばかしくなりました。一日一日てくてくと、平日は営業回り、休日は宝塚観劇三昧でたまに箸休めのデート。アラサーの毎日はそれなりに充実している。
そういえば去年の三月だったか合コン用に偽装した観劇ワンピを購入したが、駆使したおかげか観劇に理解のある交際相手が見つかった。観劇に差し出口をする男など要らぬとストイックに勝負していたら、会社の先輩がこんな珍品がありますと阪急電車マニアを連れてきた。鉄オタのジャンルにあるんですってね、阪急オタ。見せてもらったカメラロールが阪急マルーン一色でした。
阪急電車といえば車内吊りに週刊誌の広告を出さぬ品格をこの不景気にも貫く気高き鉄道、代わりに頻出するのは毎公演の宝塚歌劇の広告なので、阪急オタは宝塚ともそこそこ親和性があった。
初対面で宝塚歌劇を知っているかと問うた彼女に、阪急オタはもちろんですと胸を叩いた。――我らが阪急のじゃじゃ馬ですから!阪急のじゃじゃ馬とは何じゃらほい。阪急オタの言うことには、阪急グループの事業の中で収益の乱高下が最も激しい部門が宝塚歌劇団であるという。マジか。かつては基幹部門の収益を食い荒らす勢いで赤字を出した歴史もあり、付いた二つ名が阪急のじゃじゃ馬。
宝塚歌劇は小林一三の遺した阪急の精神的支柱ですから!阪急ファンとして宝塚歌劇の清く正しく美しいマインドにはリスペクトを持っています!ところでこの清く正しく美しくという標語ですが、本来は「朗らかに」清く正しく美しくだったことをご存じですか? 朗らかは存じていたが、じゃじゃ馬の件は存じ上げなかった。彼女はチケットが取れぬ激戦時代となった宝塚しか知らない。
宝塚歌劇は小林一三の遺した阪急の精神的支柱ですから!阪急ファンとして宝塚歌劇の清く正しく美しいマインドにはリスペクトを持っています!ところでこの清く正しく美しくという標語ですが、本来は「朗らかに」清く正しく美しくだったことをご存じですか? 朗らかは存じていたが、じゃじゃ馬の件は存じ上げなかった。彼女はチケットが取れぬ激戦時代となった宝塚しか知らない。
阪急初詣ポスターも毎年タカラジェンヌが登場しますし、阪急ファンにとって宝塚歌劇は身近です。去年今年と男役さんが続いたけど、来年は男役と娘役どっちでしょうね。オッケー分かった皆まで言うな、君が優勝だ。というわけでつつがなくお付き合い。
ひな人形の祟りを気にしていた母にもそろそろ報告できそうだ。後釜の親王飾りはパワー不足の疑惑がかけられましたが、私には「それはそれ、これはこれ」精神を授けてくれたスターさんがおりましたので。
今日は阪急オタと映画鑑賞。西宮ガーデンズには映画館も併設されており、宝塚の千秋楽ライブ中継を毎度上映してくれるのですブラボー。阪急オタはこれが宝塚デビュー、気に入ったら君には私の伴侶となる道が拓けるので楽しんでくれますように。ところでおなじみTOHOですが、東宝は東京宝塚の略です。ご存じなかった方はご参考までに。
今日は阪急オタと映画鑑賞。西宮ガーデンズには映画館も併設されており、宝塚の千秋楽ライブ中継を毎度上映してくれるのですブラボー。阪急オタはこれが宝塚デビュー、気に入ったら君には私の伴侶となる道が拓けるので楽しんでくれますように。ところでおなじみTOHOですが、東宝は東京宝塚の略です。ご存じなかった方はご参考までに。

PROFILE

有川 ひろ

高知県生まれ。2004 年、『 塩の街 』で電撃小説大賞 大賞 を受賞しデビュー。「図書館戦争」「三匹のおっさん」シリーズをはじめ、『 阪急電車 』『 植物図鑑 』『 空飛ぶ広報室 』『 明日の子供たち 』『 旅猫リポート 』『 みとりねこ 』、エッセイ『 倒れるときは前のめり 』など著書多数。

前 康輔(まえ こうすけ)

1979年広島市出身。
写真家。高校時代から写真を撮り始める。雑誌、写真集、広告などで、ポートレイトや旅の撮影などを行うほか、個展も定期的に開催。最新作は写真集『 New 過去 』。

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